まだ対象で消耗してるの? ~射だけで理解する圏論~

これは Category Theory Advent Calendar 2018 2日目の記事です.

初めに

この記事を読みに来てくださるということは, 圏論に興味がある方なんでしょう. 既に圏論を駆使して専門的なトピックの研究をしていらっしゃる方や, あるいは「圏は定義を知っている程度」という方もいらっしゃるでしょう.

あっ, もちろん, まだ圏の定義をご存知ない方でも読めるような内容ですのでご安心ください. 逆に, 既に定義はご存知という方は, 一度その定義をお忘れください. 多分皆様方がご存知の圏の定義では, 対象の集合と射の集合という二つの集合が出てくることでしょうが, どうか対象のことはお忘れください. 対象なんてただの飾りです. 偉い人にはそれがわからんのです.

なお, 便宜上「集合」や「写像」といった用語を使っていますが, それらは ZF 公理系の意味での集合や写像とは限りません.

圏の定義

ある集合 $C$ が(category)であるとは, 写像 $s, t \colon C \to C$ と, 「合成」と呼ばれる写像 $$\# \colon \{ (x, y) \in C \times C \ | \ sx = ty \} \to C$$ があって, 以下の公理を満たすことを言う. ただし $\#(x, y) = x \# y$ と略記する. また, $sx = ty$ であるとき, $x \# y$ は定義される(defined)という.

  1. $s(x \# y) = sy, t(x \# y) = x$
  2. $ssx = sx = tsx, ttx = tx = stx$
  3. $x \# sx = x, tx \# x = x$
  4. 左辺, もしくは右辺のいずれか一方が定義されるとき $(x \# y) \# z = x \# (y \# z)$

少しだけ解説しておくと. $(x \# y) \# z$ が定義されるというのは $sx = ty$ かつ $s(x \# y) = tz$ であることを言っています. 1番目の公理から $s(x \# y) = sy$ なので $sy = tz$ となり $y \# z$ が定義されます. さらに $sx = ty = t(y \# z)$ なので $x \# (y \# z)$ が定義されることになります. このように, 4番目の公理において, 左辺か右辺のいずれか一方が定義されるならば, 他の公理からもう一方も自動的に定義されます.

これだけです!

対象と恒等射

2番目の公理から明らかに $x = sx \iff x = tx$ が成り立ちます. そこで $$\mathrm{Ob}(C) = \{ x \in C \ | \ x = sx \} = \{ x \in C \ | \ x = tx \}$$ と定義することにします. $\mathrm{Ob}(C)$ の元を対象と言います.

補題1

$c \in \mathrm{Ob}(C)$ ならば以下が成り立つ.

$x \in C$ について $c \# x$ もしくは $x \# c$ が定義されるならば, それは $x$ に等しい.

(証明)

$c \# x$ が定義されるならば $sc = tx$ である. また $c = sc$ である. よって $$c \# x = sc \# x = tx \# x = x.$$ $x \# c$ が定義される場合も同様である. (証明終)

定義(恒等射)

$e \in C$ は $e \# x$ ないし $x \# e$ が定義されるならばそれが常に $x$ に等しくなるとき, 恒等射であるという.

補題1は「$c \in \mathrm{Ob}(C)$ ならば $c$ は恒等射である」ことを言っています. 任意の $x \in C$ に対して $sx, tx \in \mathrm{Ob}(C)$ だから, $sx, tx$ は恒等射です.

補題2

$e, e'$ が恒等射かつ $e \# x = e' \# x$ ならば $e = e'$.

(証明)

$e'$ が恒等射だから $e' \# x = x$, 故に $e \# x = e \# (e' \# x)$ だから $e \# e'$ も定義される. $e, e'$ は恒等射 だから $e = e \# e' = e'$. (証明終)

命題

$e$ が恒等射 $\iff e = se.$

(証明)
($\Longrightarrow$)

3番目の公理から $e = e \# se$, $e$ が恒等射だから $e \# se = se$. 故に $e = se$.

($\Longleftarrow$)

補題1そのものである.

一般的な圏の定義をご存知の方に説明すると, 「$s, t$ は射の始点, 終点となる対象を与えるような写像であり, それら対象は恒等射と自然に同一視できる」ことを言っているのです. つまり, 対象を最初から定義しなくても, 上記のような $\mathrm{Ob}(C)$ を対象の集合と考えれば, いつも通りの圏論が展開できるわけです.

以下, $f \in C$ に対して $f \colon a \to b$ とは $sf = a, tf = b$ であることの略記とし, $$C(a, b) = \{ f \in C \ | \ f \colon a \to b \}$$ と表すことにしましょう.

函手の定義

$C = \langle C, s_C, t_C, \#_C \rangle, D = \langle D, s_D, t_D, \#_D \rangle$ を圏とするとき, 圏において重要な概念である函手も, 以下の公理を満たすような単なる写像 $F \colon C \to D$ と考えることができます.

定義(函手)

$F \colon C \to D$ が函手であるとは, $F$ が以下の公理を満たすことを言う.

  1. $s_D F = Fs_C$ かつ $t_D F = Ft_C$ であり
  2. $C$ において $x \#_C y$ が定義されるとき $F(x \#_C y) = Fx \#_D Fy$ である

一つ目の公理から, 二つ目の公理において $x \#_C y$ が定義されれば自動的に $Fx \#_D Fy$ も定義されることに注意しましょう.

双対圏

圏 $C = \langle C, s, t, \# \rangle$ に対して, 新たな圏 $C^\mathrm{op} = \ \langle C^\mathrm{op}, s^\mathrm{op}, t^\mathrm{op}, \#^\mathrm{op} \rangle$ を以下のように定義します.

これは $C$ の双対圏と言われるものです. 双対圏において $f^\mathrm{op} \colon a \to b$ であることは, 元の圏で $f \colon b \to a$ であることに他ならず, $C^\mathrm{op}(a, b) = C(b, a)$ が成り立ちます. 要は「双対圏とは元の圏の射の向きをひっくり返したもの」と捉えることができます.

2-圏

この考えを使って, 2-圏も(2-)射の集合だけを使って定義することができます. 2-圏とは二つの圏構造 $\langle s_0, t_0, \#_0 \rangle$ (0-構造あるいは水平構造)と $\langle s_1, t_1, \#_1 \rangle$ (1-構造あるいは垂直構造)があって

ことを言います. ここで「0-構造と1-構造は可換である」と言うのは $$s_0 s_1 = s_1 s_0, s_0 t_1 = t_1 s_0, t_0 s_1 = s_1 t_0, t_0 t_1 = t_1 t_0$$ が成り立つことに加えて, $(\alpha, \beta) = (0, 1)$ または $(1, 0)$ のときに

が, 両辺が定義されるときに成り立っていることを言います.

2-圏 $C$ に対して $\mathrm{Ob}(C) = \{ x \in C \ | \ x = s_0 x \}$ とし, $a, b \in \mathrm{Ob}(C)$ に対して $$C(a, b) = \{ x \in C \ | \ s_0 x = a, t_0 x = b \}$$ とします. このとき $a \in \mathrm{Ob}(C)$ に対して $a \in C(a, a)$ ですし, 明らかに $\langle C(a, b), s_1, t_1, \#_1 \rangle$ は圏になります. また $${\#_0}^{abc} \colon C(b, c) \times C(a, b) \ni (x, y) \mapsto x \#_0 y \in C(a, c)$$ は函手になります.

終わりに

いかがだったでしょうか. 従来の圏の定義で理解している方には, 一見すると奇妙な定義に映ったでしょうが, こうしてみると案外すっきりとしていませんか? 2-圏の定義もすごく短いですよね.

「対象と恒等射は自然に同一視できる」という事実は圏論ではしばしば使われます. 例えば自然変換の水平合成 $\star$ において, 函手 $F \colon C \to C'$ を恒等自然変換 $F \Rightarrow F$ と同一視することで, 自然変換 $\alpha \colon G \Rightarrow G' \colon C' \to C''$ に対しての $\alpha \star F \colon GF \Rightarrow G'F$ が理解できます. さらに $x \in \mathrm{Ob}(C')$ を, ただ一つの恒等射からなる圏 $\mathbf{1}$ からの函手 $x \colon \mathbf{1} \to C'$ と同一視することができて $\alpha \star x \colon Gx \Rightarrow G'x \colon \mathbf{1} \to C''$ が定義できますが, これは $\alpha$ の $x$ における射 $\alpha_x \colon Gx \to G'x$ と同じものです.

個人的には, こんな感じでカジュアルに「対象と恒等射を同一視する」という癖をつけておいた方が, 圏論を学ぶ上ではいろいろな概念を結びつけて理解がしやすいんじゃないかと思っています.

何か他の人のお題と比べるとえらく初歩的なことしか書いていませんが, Category Theory Advent Calendar 2018 が「新たに一から圏論を学びたいと思う人」にとっての入り口になればいいな, と思って敢えて初歩的な話題を書いてみました. 皆様, どうか引き続き Category Theory Advent Calendar 2018 をお楽しみください.

最後にもう一度, 全ての categorist にこの合言葉を捧げます.

対象なんてただの飾りです. 偉い人にはそれが(以下略)

参考文献

  1. S. マックレーン 著, 三好博之/高木理 訳 : 圏論の基礎, シュプリンガー・フェアラーク東京 (2005)
  2. Peter Freyd : Abelian Categories; An Introduction to the Theory of Functors, Harper & Row (1964)

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