表現可能函手と米田の補題

本ページでは圏は局所小圏と仮定する.

表現可能函手

函手 $F \colon C \to \mathbf{Set}$ が表現可能であるとは, ある $c \in \mathcal{O}(C)$ が存在して $$F \cong Y^c = C(c, -) \colon C \to \mathbf{Set}$$ となることを言う.

トポロジーにおける馴染み深い例を一つ上げよう. $\mathbf{Toph}_*$ を, 基点付き位相空間を対象とし, 基点を保つ連続写像のホモトピー類を射とする圏とする. このとき, 対象 $X$ について, 基点付き円周 $S^1$ からの射 $\mathbf{Toph}_*$ における射 $S^1 \to X$ は基本群 $\pi_1(X)$ の元である. 従って, 合成函手 $$\mathbf{Toph}_* \stackrel{\pi_1}{\to} \mathbf{Grp} \stackrel{U}{\to} \mathbf{Set}$$ ($U$ は忘却函手)は $\mathbf{Toph}_*(S^1, -)$ に同型である. すなわち表現可能である.

一般的に, 左随伴を持つ集合値函手 $G \colon C \to \mathbf{Set}$ は表現可能である. 1 点集合を $1$ (これは $\mathbf{Set}$ における終対象である)で表すと, 自然同型 $$G \cong \mathbf{Set}(1, G(-)) \cong C(F(1), -) = Y^{F(1)}$$ が成り立つからである.

双対的に, 函手 $F \colon C^\mathrm{op} \to \mathbf{Set}$ が表現可能であるとは, ある $c \in \mathcal{O}(C)$ が存在して $$F \cong Y_c = C(-, c) \colon C^\mathrm{op} \to \mathbf{Set}$$ となることを言う.

後者の例として, 集合 $B$ に冪集合 $\mathcal{P}(B)$ を対応させ, 写像 $g \colon B \to B'$ には $\mathcal{P}(g)(U) = g^{-1}(U)$ を対応させる函手 $$\mathcal{P} \colon \mathbf{Set}^\mathrm{op} \to \mathbf{Set}$$ を考える. 2 点集合 $2 = \{ 0, 1 \}$ を考えると, $B$ の部分集合 $U$ は $B$ から $2$ への写像 $$\chi_U(b) = \begin{cases} 0 & (b \not\in U) \\ 1 & (b \in U) \end{cases}$$ と同一視できる. このとき自然に $\mathcal{P}(B) \cong \mathbf{Set}(B, 2)$ となるので $\mathcal{P}$ は表現可能である.

米田の補題

ステートメント

定理(米田の補題)

$C$ を局所小圏とする. このとき $$[C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_c, F) \cong F(c)$$ が $c$ と $F$ について自然に成り立つ.

これは圏論の重要かつ有名な定理であるが, 証明はかなり長い.

米田の補題の証明

まずは $[C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_c, F)$ から $F(c)$ への全単射を定義しなければならない. $\alpha \colon Y_c \stackrel{\bullet}{\to} F$ に対して $\hat{\alpha} = \alpha(c)(1_c)$ とする. 一方で $x \in F(c)$ に対して $\tilde{x} \colon Y_c \stackrel{\bullet}{\to} F$ を $$\tilde{x}(c') \colon Y_c(c') = C(c', c) \ni f \mapsto (Ff)(x) \in F(c')$$ とする. そもそもこれが自然変換であることは, $g \colon c_2 \to c_1$ とするとき $$\begin{CD} C(c_1, c) @>{Y_c(g)}>> C(c_2, c) \\ @V{\tilde{x}(c_1)}VV @VV{\tilde{x}(c_2)}V \\ F(c_1) @>>{Fg}> F(c_2) \end{CD}$$ が可換であることを示す必要があるが, 実際 $f \in C(c_1, c)$ に対して $$\begin{align} (\tilde{x}(c_2) \circ Y_c(g))(f) &= \tilde{x}(c_2)(f \circ g) \\ &= (F(f \circ g))(x) \\ &= (Fg \circ Ff)(x) \\ &= (Fg)((Ff)(x)) \\ &= (Fg \circ \tilde{x}(c_1))(f). \end{align}$$

$\hat{(\ )}$ と $\tilde{(\ )}$ が互いに他の逆であることを示そう. まず $$\hat{\tilde{x}} = \tilde{x}(c)(1_c) = (F1_c)(x) = 1_{F(c)}(x) = x.$$ 一方で任意の $c' \in \mathcal{O}(C)$ と $f \colon c' \to c$ について $$\begin{align} \tilde{\hat{\alpha}}(c')(f) &= (Ff)(\hat{\alpha}) \\ &= (Ff)(\alpha(c)(1_c)) \\ &= \alpha(c')(f) \end{align}$$ だから $\tilde{\hat{\alpha}} = \alpha$. 最後の等式は $\alpha$ の自然性による可換図式 $$\begin{CD} C(c, c) @>{Y_c(f)}>> C(c', c) \\ @V{\alpha(c)}VV @VV{\alpha(c')}V \\ F(c) @>>{Ff}> F(c') \end{CD}$$ において $1_c \in C(c, c)$ を考えればよい.

最後に $\hat{(\ )}$ の自然性を示そう($\tilde{(\ )}$ の自然性はそれにより導かれる).

$c$ についての自然性は, $f \colon c_2 \to c_1$ について可換図式 $$\begin{CD} [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_{c_1}, F) @>{- \circ Y_f}>> \ [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_{c_2}, F) \\ @V{\hat{(\ )}}VV @VV{\hat{(\ )}}V \\ Fc_1 @>>{Ff}> Fc_2 \end{CD}$$ が成り立つということであるが, 実際 $$\begin{align} \widehat{\alpha \circ Y_f} &= (\alpha \circ Y_f)(c_2)(1_{c_2}) \\ &= \alpha(c_2)(f) \\ &= (Ff)(\alpha(c_1)(1_{c_1})) \\ &= (Ff)(\hat{\alpha}) \end{align}$$ なので $c$ について自然である.

$F$ についての自然性は, 自然変換 $\theta \colon F_1 \to F_2 \colon C^\mathrm{op} \to \mathbf{Set}$ について可換図式 $$\begin{CD} [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_c, F_1) @>{\theta \circ -}>> \ [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_c, F_2) \\ @V{\hat{(\ )}}VV @VV{\hat{(\ )}}V \\ F_1 c @>>{\theta(c)}> F_2 c \end{CD}$$ が成り立つということであるが, $[C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}]$ での合成, すなわち自然変換の垂直合成の定義により明らかである.

以上で米田の補題の証明は完成した.

米田の補題からの帰結

表現可能性と随伴

$C, D$ を局所小圏とする. $G \colon D \to C$ について, 各 $c \in \mathcal{O}(C)$ について $C(c, G(-)) \colon D \to \mathbf{Set}$ が表現可能ならば $C(c, G(-)) \cong D(Fc, -) \colon D \to \mathbf{Set}$ となる $Fc \in \mathcal{O}(D)$ が決まる.

この段階では $F$ が函手であるかどうかはまだわからない. しかし米田の補題(の双対)により $$\begin{align} [D, \mathbf{Set}](C(c', G(-)), C(c, G(-))) &\cong [D, \mathbf{Set}](D(Fc', -), D(Fc, -)) \\ &\cong D(Fc, Fc') \end{align}$$ なので, 射 $f \colon c \to c'$ に対応する左辺の元 $C(f, G(-))$ に対して右辺の元 $Ff \colon Fc \to Fc'$ も定まり, これによって $F \colon C \to D$ は函手となることがわかる. つまり $G : D \to C$ が左随伴を持つことは各 $c \in \mathcal{O}(C)$ について $C(c, G(-))$ が表現可能なことと同値である.

米田埋込は充満忠実

$C$ を局所小圏とする. 函手 $$Y_\bullet : C \to [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}], c \mapsto Y_c$$ は米田埋込と言われる. このとき米田の補題から $$C(c, c') \ni f \mapsto Y_f \in [C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}](Y_c, Y_{c'})$$ は全単射である. つまり米田埋込は充満忠実である.

一般に $[C^\mathrm{op}, \mathbf{Set}]$ は $C$ にはない「良い」性質を持っている可能性がある. 米田埋込が充満忠実であることは, どんな(局所小)圏 $C$ も, より「良い」性質を持つ圏(= 前層圏)の充満部分圏とみなせることを言っている.

一般に $D$ を $D'$ の充満部分圏とするとき, 函手 $F, G \colon C \to D$ について $[C, D](F, G) \cong [C, D'](JF, JG)$ が成り立つ. ここに $J \colon D \to D'$ は包含函手である. つまり充満部分圏は「扱いやすい」部分圏である. なお, この事実を使うと, 本ページにおける「局所小圏」の仮定を緩めることができる. 何となれば全てのクラスとクラス関数からなる圏 $\mathbf{Cls}$ において, 小さい集合 $x, y$ について $x$ から $y$ へのクラス関数は $x$ から $y$ への集合論的意味での写像に他ならない. つまり $\mathbf{Cls}(x, y) = \mathbf{Set}(x, y)$ である. これは $\mathbf{Set}$ が $\mathbf{Cls}$ の充満部分圏であることを意味する. 故に, ここまで論じてきた自然性は $\mathbf{Set}$ を $\mathbf{Cls}$ に置き換えても変わらない(もちろん, $\mathbf{Set}$ を充満部分圏としてもつ任意の圏 $\mathbf{Ens}$ であれば構わない)!

「ダック・テスト」

米田の補題を用いなくとも直接証明はできるが, 米田の補題を用いることで直ちにわかることとして, $x$ についての自然同型 $C(x, c) \cong C(x, c')$ が成り立つことと, 対象としての同型 $c \cong c'$ が同値であることがわかる. $C(x, c)$ を「$x$ から見た $c$」と考えるなら, これは「どの視点から見ても同じに見えるならば, それは実際に同じである」と言っていることになる.

なお, 「ダック・テスト」とは「アヒルの格好をしていて, アヒルのように歩き, アヒルのように鳴くならば, それはおそらくアヒルだろう」という英国の比喩である.

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